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コミニュティ時代にTaker(テイカー)は生き残れない

 
 
青山健一です、 
 
3月9日火曜日に、ラジオ更新をいたしまして  
 
 
【これからの時代に求められる「恩送り」という在り方】 
 
 
ということについてお伝えしました。 
 
 
 
実を言うとこれは、 
 
「自分が親切を受けたら、それを次の人に回してあげよう」 
 
というような、優しい世界のお話では終わりません。 
 
 
「コミュニティの時代に受け取るだけの人間(テイカー)は死ぬだろうね」 
 
 
という今回の話の前振りです。 
 
 

かつての社会では、価値感の継承が行われていた。

 
 
 
ここで少し昔話をさせてください。 
 
 
僕がサラリーマンとして勤め始めた頃の話です。 
 
 
僕は当時、イオン系列の飲食店としてファミリーレストランを展開していた会社に入りました。 
 
新入社員の夏には、全国で200店舗近くあるグループ内で、その夏日本一売った店舗の立ち上げに関わりました。 
 
本来僕は滋賀県の店舗に配属されている社員なのですが、住まいは京都にあり、そこからほぼ毎日大阪の店舗まで通勤していました。 
 
 
僕の直属の上司は、その滋賀県の店舗の先輩です。 
 
 
ほとんど滋賀県の店舗にいない僕は、先輩と一緒に仕事をすることもかなり少なかったのですが、色々と目をかけてくれていました。 
 
 
仕事が終わった後に僕を食事や飲みに誘って、職場に馴染めるように接してくれていました。 
 
 
その度に先輩は、一緒に食べたり飲んだりした全額をご馳走してくれました。 
 
 
最初の1回は歓迎会だから、ということでそれもすんなり受け取ることができたのです。 
 
 
ですがその先輩は、僕より1年早く入社しただけの社員です。 
 
 
考えてみたらお給料にそんなに差があるわけではありません。 
 
 
 
僕は失礼を承知の上で、そのことについて指摘し、僕もお代を払いますと申し出ました。 
 
 
その時先輩が教えてくれたことには、 
 
 
「自分もそうやって先輩におごってもらったり、色々面倒を見てもらって育てられた。 
 
だから、それは気にしなくていい。 
 
今度、青山さんに後輩ができた時には、今日の分を奢ってあげてね。」 
 
 
ということでした。 
 
 
僕は感銘を受けました。 
 
 
食事を奢ってもらった、というお金の面ももちろんありがたかったのですが、それ以上に  
 
「上に立つ人間が背中を見せて後輩を育てる」 
 
 
という姿勢に、そこにいる人たちの在り方を感じました。 
 
 
 
その先輩は、 
 
「銀行に入金する何日間もの店の売上金を、うっかり落としてなくす」 
 
という会社のそのエリアでも大問題になるような、とんでもないチョンボをしでかしたことがあります。 
 
その時は部下である僕にも自らがどのようなミスをしたのか、すぐさま報告しました。 
 
自分のミスや過ちを、少しも隠すことなく直属の部下である僕に報告するというあり方に 少しびっくりしたことを今でも覚えています。 
 
 
驚くべきことは、今思うと、その先輩は当時まだ若干 
 
「23歳」 
 
だったということです。 
 
 
その先輩は普段はとてもひょうきんで人当たりの良い、どこにでもいるような若者だったのですが、僕はこれまでの人生で、彼のような23歳に出会ったことありません。 
 
 
ある団体やコミュニティ内における「恩送り」とは、自分が受けた親切や好意を次の人に渡すというだけでなく、そのグループの 
 
 
「価値観」や「文化」を継承する 
 
 
という意味があると考えています。 
 
 
その先輩は当時のその会社における「価値観」を、後輩である僕に背中を見せて送ってくれたのです。 
 
 
 

人から受け取るだけの存在は排除される

 
 
3月9日のラジオで「恩送り」についてお伝えしたのは、コミュニティの時代において 
 
「かつて受け取った親切を自分のところで止めてしまう人は生き残れない」 
 
と考えたからです。 
 
 
これはそのコミュニティ内における話だけではなく、特にビジネスをやっている人にとっては重要な考え方になると思っています。 
 
 
こちらのプライベートクラブをご覧になっている方は、ほぼ全ての方がお仕事をされていらっしゃるでしょうから関係してくるか話かもしれません。 
 
 
ご自身でビジネスをお持ちであったとしても、会社にお勤めであったとしても、今の時代においては必要な考え方です。 
 
 
度々このクラブ内ではお伝えしていますが、戦略を考える上で基本となるものに「兵法」があります。 
 
時代を生き延びるために僕自身が参考にしているものとして、「孫子」という兵法がありますがその中の重要な概念として「不敗」があります。 
 
 
「不敗」とは、 
 
「負けさえしなければそれでいい」 
 
「致命傷を負わないように戦いから逃げろ」 
 
「勝てそうもない争いは最初からしない」 
 
 
というような考え方をするものです。 
 
そのためには「これだけは絶対にやってはいけない」という行為を徹底的に避ける作戦を立てます。 
 
そして、 
 
僕が考えるに、今コミュニティの時代において「これをやったら必ず死んでしまう」という行動があります。 
 
それこそが 
 
 
「 かつて人からは恩を受けておいて、自分のところで止めてしまう 」 
 
 
というやり方です。 
 
 
 
「 自分さえ得すればそれでいい 」 
 
という、行動はコミュニティの内部では通用しない可能性が高い。 
 
 
排除の力学が働いて、受け取っただけの本人は豊かになれない可能性がある。 
 
 
それはなぜかと言うと、コミュニティというのはある共通の価値観を持って集まった人たちの「場」です。 
 
 
コミュニティ内では、その「場」のルールを共通の認識として持ち合わせていないと成り立たない。 
 
 
恩を受け取る、もしくはそのコミュニティのあり方、価値観というものを受け取った人が自分のところで止めてしまうと、そのコミュニティが次の世代まで存続できなくなる可能性が高いです。 
 
 
コミュニティが存続している意味を、自分の所で止めてしまうような人間たちばかりが集まってしまうと、その場、コミュニティ自体のエネルギーが循環しなくなってくるので、そのコミュニティという価値観自体が縮小していてしまう、衰退していきます。 
 
 
このように僕は考えています。 
 
 
なので、 
 
恩を受けた人間がそれを次の世代に送る、もしくは与えてくれた人に直接返す、このように循環させていかないとそのコミュニティがうまく成り立っていかない。 
 
 
そのため、コミュニティの時代において恩を受けて自分のところで止めてしまう人間というのは排除の力学が働いてそのグループ内ではいられなくなってしまうのではないか? 
 
というのが僕の考察です。 
 
 
これからのコミュニティの時代を考えていく上で、参考にしていただければ幸いです。 
 
 
それではまた! 
 

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